昭和56年8月26日 朝のご理解  入力者松本正宏


 御理解第七節 「天地金乃神は昔からある神ぞ。途中からできた神でなし。天地ははやることなし。はやることなければ終わりもなし。天地日月の心になること肝要なり。信心はせんでもおかげはやってある。」

 この十六日にはあのように、厳粛に、かつ盛大に夏の御大祭が奉仕をされました。それから十日後の昨日はあのように賑やかな合楽祭りがいよいよ充実した合楽祭りが同じ場所で行われました。信心の世界と言うと何か窮屈な特別なもの、そういう観念が私共の上にございましたが、今日のいうなら天地日月の心の中には決して厳しいとか険しいとかというだけではなくて、あのように、和らいだ、賑やかな世界もまたあるという事であります。まあ、まっこくさいという言葉がありますね。勿論これは仏教のことでしょうけれども、信心臭い。でなからなければ信心ではないような思い方がありますね。信心させて頂く者のいや、お道の信心はどこまでもやはり天地日月の心。いうならば、足ろうたもの。それも芯は人間が幸せになっていく幸福になっていくという事を芯にして、思う時に初めて天地日月の心というものが、まあ深くて広く、硬くて柔らかなというようなものから私は金光教の信心であると思うと同時に特に合楽の信心だと思うのです。
 今どんなになりましたか知りませんけれども、山口県の田布施でしょうかね、田布施ですかね、踊る宗教といわれるような宗教すらありましたよね。その私はまだ、聞いただけで実際は知りませんけれども、ね、踊って無我の気持ちになると。詩って無我の境地になる。一心不乱神様に向かって無我の境地になる。どこからでも入っていけれる私は境地。それが私は天地日月の心だと思います。
 昨日は昼は婦人会幹部研修会でしたが、福山伊万里の方達も一緒に参加されまして、研修させて頂いたのですけれども、昨日熊谷さんが発表される中に、二十三年ですか、二十六年ですか、姉妹でいうならば、財産争いといったような裁判が二十三年か二十六年続いてその事を機会にその事の難儀の事から合楽、当時の椛目にお参りになったのです。熊谷さんは。熊谷家のお母さんとその弟さんのまあいうならば争いがお二人が亡くなられた後にも続いて二十三年間、二十六年間続いているのです。もうそれこそ、しかも隣同士であって、まあ、そういう、険悪の中にあったのが、熊谷さんの信心によって、今、古賀家と熊谷家というのは、まああの、大変共励会等にも見えるようになり、また古賀家の上にも色々おかげを頂かれ、特に古賀家の御霊様達の帰幽日、帰幽日には必ず古賀さんが参拝をされて、おかげを頂かれるという風にまあ、その普通のねから言ったらそれこそ真心の末まで、こう、険悪の中で終わっていくのでしょうけれども、ね、熊谷さんの信心によってそういうおかげを受けておられる。先だってからも神様に最近合楽で一回り大きくなる、信心が一回り大きくなろう、そういうようなご理解を何回も頂きまして本当に、自分の信心の小さい事を思うておられるところに朝お夢を頂かれた。
 そのいわばおじいさんの古賀家のご主人が、もうなんか(?)羽織りをつけておられるけれども、何か知らんけれども、打ちしおれたような感じで、何も、物も言われんけれども、その御夢の中に何かこう現れてこられる。そこで、本当に今までは熊谷家の御霊様とこう言うておったけれどもお母さん達にしてみれば姉妹であるし、どうもその御霊様に元気がなかった、喜びの表情もなかったから、その、御霊様の慰霊のお祭りをさせて頂こうと。そのお母さんと弟、その言いよる古賀さんところの、おじさんにあたるのですけれども、二柱の御霊様のまあお祭りとまでは行きませんけれども、まあ色々お供え物を用意されてあの、御霊様にまあ、玉串をあげさせて頂きたいという事でございました。本当にあの、信心させて頂いて我とわが心が拝めれるという時にはそういうようなときではないでしょうかね。まあいうなら信心の薄かった時、無かった時は、それこそ仇同士のように、しかも二十何年間も争いあってきたその御霊様を、その御霊様をお慰めしようと。助かっておられないならば、助かる手立てを合楽理念によって頂いてもらおうというような、心が心の中に頂けれる時に我ながらわが心が拝めれる時ではないでしょうかね。熊谷さんが玉串をあげられて下がられた後にその事を私もあり難いと思うて御礼をもうさせて頂いておりましたら、いわゆるお婆ちゃまとその古賀さんという御霊様であろう。男女二人の方がね、あれは編み笠ですかね、をかぶって、さどおけさを踊っておられるところを頂いたのです。二人。皆さんご承知でしょうけれども、さどおけさというのはあのね、(?)がかぶるようなあの笠をかぶって踊る。で男女の人がまあ、この手拍子、足拍子と、申しましょうか、あの軽快なその、佐渡おけさ、それがはっきり、佐渡おけさとわかるわけなんです。ね。それでその、私は昨日熊谷さんの発表を聞かせて頂いた後に、その事を話した事でしたけれども、丁度まえ、昨日一昨日ですから、あの、御霊様たちも助かられるじゃなくて、もう合楽理念によって助かるという事は、合楽のあり方にもういうならば、白も赤も一切のものがです、男も女も、老若男女を問わず恐らくは今日の合楽祭りに参加されてあるのであろうという話をしました事でした。お互い合楽の信奉者がいうならば、片親を勿論御大祭を十日前に奉仕させて頂いて、そして十日後の昨日はああいう、まあ、賑やかなね、合楽祭り。で私共だけがああして、そのおかげを頂いておるかというと合楽に関わる御霊の世界にある御霊達も一緒におかげを頂いておられるという事を感じました。
 それも昨日合楽食堂の、お母さんが御届けをさせて頂いたのですけれども、その、亡くなられた御婆ちゃんが合楽祭りに来たというてまあ、自分のうちによられて、こう冷蔵庫を開けてね、何か冷たいものはないじゃろうかといったような感じでそのおられるような状態を頂いてその、今晩の合楽祭りにその、早々と見えておるとたいというて、昨日のこれは朝のことでございましたけれどもね、御霊様達もまあいうならば私共のいうならば縁というものがね、合楽にできられたその縁というものは、合楽の信奉者の全てに係わり合いのある御霊達が一連宅所に合楽理念に基づいて助かられるようにという祈りを御霊様の前で、必ずさせてもらい、合楽に関わりあるご信者のまたそれに関わる、御霊たちがね、合楽理念に基づいて御霊ながらの助かり。その助かりもですただあり難い勿体無いというその心がです、いうならば佐渡おけさ、佐渡おけさという事に私はどういう事であろうかと思ったらやっぱりあの、佐渡の佐というのは、合楽の表現ですからね。人偏に左という字。はあ、そういう意味だったのかなあと私は思うたのですけれどもいうならば、合楽に関わる皆さん、その皆さんに関わられる、全ての御霊達の合楽祭り最後にそれこそ、総踊りでございました、あのなかにはそういう沢山ないうなら、皆さんところの御霊達も一緒にあの喜びの集いに参加された。信心というのは、ね、歌も歌っちゃならんとか、踊りも踊ってはならんというような事が不謹慎という考え方ではなくてです、天地日月の心という大きな信心には、人間が人間らしく生きてという生き方をここでは説かれますが、ね、それはここでは合楽祭りだけではありません。お互いの家庭生活、日々の生活の上にもです、ね、いうならば何事にも信心になれという、生き方、その調子をそこにいうならば置いて、ね、必ずしも、まあいかめしいとかまあ厳しいとかという世界だけではなくて、自由自在に柔らかくも硬くもまた、ならせて頂けれる心の状態を開いていく事。合楽理念はそのような風に私は特と思うのです。昨日の、合楽祭りが年々初めの間はまるしょうが、丁度夏休みの終わりがけに最後のまあ、楽しみといったような事から合楽祭りが始まったのですけれども、それが合楽教会を、の、全信奉者を中心にというか、の主催であのお祭りが出来るようななったという事が、ね、私はまあ、いうならば合楽的であると同時に今日の私は天地日月の心になる事肝要だという、天地日月の心の中にはそういう信心もまた、あるという事を分からせてもろうて、私共その、御祈念会とか、この頃、七月の夏期信行なんかには参加するけれどもそげな踊りやら歌やらには参加せんといったような事では、いうなら堅いばっかりで柔らかいところには入っていけないような気が致しますね。
                                     どうぞ